毎月1回、血液検査に通っている。血圧やら血糖値やら、60歳ともなれば生活習慣病の危険地帯最前線にいるわけだから検査は欠かせない。
「小林さん、お入り下さい」とアナウンスがあり、診察室に入った。おや、先生がいない。ほどなく現れた先生は小脇に紙袋を抱えている。イスに座るやその紙袋を僕に差し出し「中を見てご覧なさいよ」と言った。中をあけると出てきたのはなんと、『ボブ・ディラン全詩集』だった。「えぇぇ~」と僕が驚嘆するのを見越したように自慢気に先生は笑っている。ページをパラパラとめくっていると、新聞の切り抜きが挟まっていた。それはひと月ほど前、ボブ・ディランのノーベル賞が決まったとき、地元の信濃毎日新聞の取材を受け、僕が寄せたコメントの切り抜きであった。
月に1回、それでも6,7年通っている常連患者ではあるが先生と日常会話を交わしたことはほとんどない。したがって診察時間は極めて短い。にも関わらずこれは一体どうしたことだ。どういう風の吹き回しだ?いずれにしても僕がいたく感動したのは言うまでもない。
診察室を出た後、これは記録に留めておくべきだと思い「先生、写真撮らせて下さい」とお願いした。奥から声がした。先生一言。「持って帰るなよ~」
さて、この話には後日談がある。店に1本の電話。先生からであった。「あの本は私が持っているより、しかるべき人が持っている方がいい。小林さんに100万円から1を取った額で譲るよ」。またまたこの謎かけは一体…。